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kuma URL 2010-07-18 (日) 01:56

お久しゅうございます。
こちらの更新が止まってもうブログなんてやめっちまおうか…と思い、断腸の思いでLinkを外させていただいておりました。
野牛さんはブログ開設当初の私には羨望であり、いつかはお手本にしたい方でした。それは今でも変わっておりません。

で、なんでムード歌謡なんでしょうか?
それも誰にもまねできっこない大作に仕上がってるじゃありませんか!

んでもって私は、Pink_No_Kuma なるバンドを結成。Sting好きのリーダーにフランス語で以って、Englishman in New York を歌ってもらおうかと画策中なんです。

野牛 URL 2010-07-18 (日) 02:40

お久しぶりです。
しっかり仕事をしているうちに長らくの不調法となってしまいました。お手本などと書かれると梢に登って降りられなくなってしまってまたしても更新が止まってしまいますから。

明治生まれの爺さんがグループ歌謡を毛嫌いしてまして、あれは男芸者なのだと。子ども心には禁断の果実に映っていたのかも知れません。三文芝居のような歌詞のいったいどこか大人たちは好きなのか、ずっと不思議だったんですね。面白がる素材の1つといった感じです。

kumaさんのカホンやストラトリペアのエントリーは熱心に読んでいました。特にカホンは不覚にも知らなかったので慌てて検索したりしてました。あれはいいですねぇ。仲間が集まってバンド結成に至りましたか。詳細を期待してます。

まだ余りブログに時間が割けないでいます。キレも毒もなくなってきますが、どうぞお見限りなく。

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ムード歌謡のゆうべ・3

  • 2010-07-17
  • 旧懐
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昭和に入って間もなく社交ダンスブームの兆しがあった。舞踏ホールやダンス教習所などが横浜を皮切りに銀座、京橋、四谷、赤坂と次々に誕生した。昭和13年になると一般女性客の入場が禁じられ、翌年風俗娯楽産業の取締強化(7.7禁止令)され、その翌年にはさらに締め付けが厳しくなってダンス禁止令施行、殿堂『鹿鳴館』解体を合図に国内のダンスホールは全滅する。それがRAAによって銀座松坂屋の地下に復活する。銀座RAA『オアシス・オブ・ギンザ』である。戦時下に否定され続けた西洋の文物が、敗戦とともに雪崩込む。これもまたムード歌謡の素地であったろう。ムード歌謡は敗戦の焼土に咲く野花ようにも見える。
淡谷のり子さんの歌のうち、戦前の代表作を幾つか聴いてみると、タンゴやカンツォーネといった要素もふんだんに採り入れられ、ダンスブームとリンクしていたようである。その素晴らしい歌声はシンガーとしての矜恃に溢れ、気品さえ感じる。後年のムード歌謡と一緒にしてはバチが当たりそうだが、ここが目指すところであったかどうかは判然としない。


ムード歌謡はコーラス歌謡とも言われる。その先鞭をつけたと言われるハワイアンバンド・マヒナスターズは作曲家吉田正門下として1953年に結成されている。敗戦後8年経ってのこの時期は売春等処罰法案が提出され、審議が繰り返される時期と一致している。この法案は吉原の楼主などの積極的な働きかけによってなかなか通らなかったが、人権派の熱心な運動に圧されるかたちで可決された。当時、春をひさいで生きていた人たちにとっては、野分に備えるような気分があっただろうか。口ずさむ歌はそうした気分に適ったものであったろう。

2年のち、作曲家吉田正氏の手による『赤と黒のブルース』(1955年・鶴田浩二)がリリースされている。


『赤と黒のブルース』
作詞・宮川哲夫
夢をなくした 奈落の底で
何をあえぐか 影法師
カルタと酒に ただれた胸に
なんで住めよか なんで住めよか
ああ あのひとが

赤と黒とのドレスの渦に
ナイトクラブの 夜は更ける
妖しく燃える 地獄の花に
暗いこころが 暗いこころが
ああ またうずく

月も疲れた 小窓の空に
見るは涯ない 闇ばかり
落ちた涙を 落ちた涙を
ああ 誰が知ろ

この曲は時代を活写しながら、ムード歌謡の可能性を感じさせるメロディラインであったと言えよう。しかし、どこがどう崩れて昭和後期のムード歌謡に転じたものかと思う。ここまで書きながら、本題はその乱痴気騒ぎのほうにある。

Comments:2

kuma URL 2010-07-18 (日) 01:56

お久しゅうございます。
こちらの更新が止まってもうブログなんてやめっちまおうか…と思い、断腸の思いでLinkを外させていただいておりました。
野牛さんはブログ開設当初の私には羨望であり、いつかはお手本にしたい方でした。それは今でも変わっておりません。

で、なんでムード歌謡なんでしょうか?
それも誰にもまねできっこない大作に仕上がってるじゃありませんか!

んでもって私は、Pink_No_Kuma なるバンドを結成。Sting好きのリーダーにフランス語で以って、Englishman in New York を歌ってもらおうかと画策中なんです。

野牛 URL 2010-07-18 (日) 02:40

お久しぶりです。
しっかり仕事をしているうちに長らくの不調法となってしまいました。お手本などと書かれると梢に登って降りられなくなってしまってまたしても更新が止まってしまいますから。

明治生まれの爺さんがグループ歌謡を毛嫌いしてまして、あれは男芸者なのだと。子ども心には禁断の果実に映っていたのかも知れません。三文芝居のような歌詞のいったいどこか大人たちは好きなのか、ずっと不思議だったんですね。面白がる素材の1つといった感じです。

kumaさんのカホンやストラトリペアのエントリーは熱心に読んでいました。特にカホンは不覚にも知らなかったので慌てて検索したりしてました。あれはいいですねぇ。仲間が集まってバンド結成に至りましたか。詳細を期待してます。

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商才無きウェブ制作&ITコンサル。ピアノ弾きと絵描きと書家を無条件で尊敬する。晴耕雨読、船旅で四方の朝焼けを見るのが夢。

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