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踏みにじられた者が見る夢は

  • 2010-08-11
  • 慷慨
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今から100年前、日本は韓国を植民地とした。併合という婉曲な表現は条約の名に由来する。もっともどう書こうが若い世代には耳学問以上の実感がない。一つの国が独立して存在する別の国を呑み込むということはどういうことか。
例によって卑近にたぐり寄せて妄想すると、ある日、突如隣家の山田家が拙宅に乗り込んで来て、
「加藤さん、あんたは今日から山田を名乗ってもらう。家風もしきたりも山田の家に従ってもらい、戸籍も山田にしてもらう。もちろん宗旨替えしてもらって、男衆は山田興業で働いてもらうからな」
山田の家の者がだんびらをちらつかせながら凄んだ…この辺りから始まる。数軒先の佐々木家の横暴に備えてという理屈だ。ここでは植民地政策や条約等、その歴史的背景については云々しない。やがて始まる山田家と佐々木家の暴力沙汰についても付言しない。

これをもうちょっと拡大して町単位の夢想にする、市単位、都道府県単位にすると、ふと国盗りの時代、戦国時代のことが過ぎったりする。そこを巧く通過しつつ、国単位まで広げてみると、やっと日韓併合がおぼろげに見えてくる。

李氏朝鮮の応諾についてもここでは触れない。純粹に行為だけを見つめていると、日本は過去に似たようなことをしている。日本は、と言うより薩摩といったほうが適当なのか、幕府はと言ったほうが適切なのか、それもここでは措く。琉球王国のことである。国家という単位でないにしろ、固有文化を持って先住していたアイヌにも同様の思いを寄せることができる。

朝鮮は併合の果てに戦争に巻き込まれた。このことで話は一層混沌とするが、純化すれば蹂躙の事実だけが残ってしまう。これについての抗弁は不可能に近い。

「確かにオレらが悪かったよ。悪かったけど、お前の家はあのままだと佐々木の連中に食われちまったよ。女は手籠めにされ、男は使役され、どのみち戦争に狩り出された。それにお前の家の貧乏っぷりはどうだ。字は読めねぇ、便所は汚ねぇ、一から十まで持ち出しでもってきちんとしてやったのはどこのどいつだ?」
山田は回想している。韓国では苛烈なまでにこの時代を否定している。
「あんたが世話してくれなくたって黙ってコツコツやってりゃ、成るように成ったんだよ。いらん世話じゃ。だいいち佐々木が喧嘩吹っかけてきたわけじゃあるまい」
朝鮮にも近代化の萌芽はなかったし、日本がそれを代行してやったではないか、ありがたく思え、植民地化は非ではあったが一から十まで全部が全部悪いことばかりじゃなかったじゃないか、という論調がる。朝鮮側はこれに与せず反発している。
「そうだね、分かったよ」
というバカはいない。誰でも反発するだろうし、民意を代弁する為政者なら尚更のことだ。

もう一つには大東亜戦争終結を機会に西欧列強の植民地政策が終焉を迎えたことを日本の手柄とし、そもそも大東案戦争そのもの目的もそこにあるのであって、その大義名分のためなら朝鮮の犠牲は名誉ある犠牲と思えという論調がある。もちろん実害を被っている朝鮮がこれを了とするはずがない。韓国は法整備までして合法的に親日狩りを今でも続けている。植民地政府に対し協力し、貨殖をした者を洗い出す。売国奴は氏名を公表し、財産を没収し、社会的に抹殺する。100年経った今なおの話である。

両国は、両国と言っても北朝鮮を含まない朝鮮、つまり韓国と日本は、国際法的に和睦し、戦後補償を終えている。今から100年前にそれが起こり、植民地時代は37年続き、日本の敗戦の日は解放記念日となっている。朝鮮民族は「恨(ハン)」の文化を持つという人もいるが、この日本を恨む灯火はあと100年経っても200年経っても消えそうな気がしない。

憎悪という感情が子々孫々にわたって同じボルテージで永続するとは考えにくい。そこは教育や文化が担っていて、民族と国家という括りでもってずっと膠着して行くのだろう。1個の肉体の話に引き戻せば、三日前の盗み酒を咎めらるならたじろぎもするが、親の失態を苛烈に非難されてもあやまりようがないのである。ましてや100年前、三世代前の話となると政治的な言は別として、個人の感情は空疎にならざるを得ない。それが何とも薄気味悪い。

国交となればそういうものなのだろうと思うしかない。

長年、ロータリークラブに携わって来た人に聞いた話では、この数年、韓国の寄付金は突出しているらしい。キリスト教が普及している土壌もあるだろうし、ウォン安で輸出関連は空前の好景気である。突出する諸条件が揃ったという見方もできるが、それにしても日本の寄付金はあまりにも少ないのだと嘆く。その意味で親韓感情が熱を帯び、日本のロータリアンの口々からそのことを漏れ聞く経営者も少なくないはずだ。

不況で数多の予算が削減されたテレビ局は、韓流ブームが過ぎ去った今もわずかな視聴率のために韓国ドラマを流し続けている。そのせいもあってか日本の若者に指示される韓流タレントも少なくない。この国の絶望を忘れ、対馬海峡の向こうに希望を見いだす熟女が大量発生しているが、熟女らの夢はなかなか覚めない。

親韓を醸成して丁寧に丁寧に塗り重ねられていくものは何か、どういうふうに仕上げたいのか。

先日、『日韓がタブーにする半島の歴史』(室谷克実著、新調新書)という本を読んだ。朝鮮国正史『三国史記』を読み解き古代日韓の関係を探るといった内容で、これまでの常識と異なる部分がある、それが題名の成分となっている。正史編纂の経緯と信憑性を説き、本題に入る。文明は、朝鮮半島から倭国へ流入したのではなく、逆だと言う。様々なことが述べられている。

日本という国ができあがるまでに渡来人の果たした役割は計り知れない。文明も文化も海を渡ってやってきたに等しい。文字までそうであったため、妄想とかイデオロギーの類の謂わば形而上学は育たなかったと言う人さえいる。実際にそうだろう。たとえば東大寺の盧舎那仏建立は福建人の技術者によって実現されたが、あの東大寺周辺の往来がアジアの各国の人たちが入り乱れていたことを想像するのは実に楽しい。明治維新も似たような状況だった。ただ、往来はアジア人ではなく西洋人に取って代わった。何事も日本独力で、日本人の英知で成ったということはないと言ってしまえば先人に申し訳ないが、先の書物に出てくる倭人を日本人のみに規定し切れない思いがある。

私は親韓ではない。ここまでは崖の上から川底を眺めるような話でしかない。

話は沖縄に移る。明国の柵封国だった琉球王国が薩摩に軍事制圧されて、そのまま明治を迎えた。やがて中国がけしかけて独立運動が盛んになる可能性を秘めるこの元王国は、日本に属したために、敗戦後米軍基地が置かれ、住民の生活を脅かされ続けている。既に米軍が居座る理由など絶無なのだが、米国には米国の雇用と経済的理由で一切合切日本で面倒をみている。自分のした糞まで自分で片付けることはない。縷々書いてきたことと等質の理由で米軍は無用だが、歴史を担保に、空家に中国が収まる可能性をわずかに思う。現代では困難なことだと信じたい。そうでなくとも、沖縄の人々は朝鮮の人々と同じように報われていない。選挙権もあり、多額の税金が投入されて島々の暮らしが成り立っているとしても、その犠牲は金で購えるものではない。金のバランスで言えば、沖縄ほど朝鮮その人は報われていないというややこしい話になるが、植民地と国民の違い、国家と国民の違いに帰するべきか。だとすると沖縄もまた軍事制圧して手に入れた国なのである。「沖縄に基地はいらない」という悲願は寧ろ慎ましいものと思えてならない。

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商才無きウェブ制作&ITコンサル。ピアノ弾きと絵描きと書家を無条件で尊敬する。晴耕雨読、船旅で四方の朝焼けを見るのが夢。

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